聖人さんの部屋

しこしこゆっくり更新します

ナイツロード外伝 -蛇目の蛙-プロローグ

 少年はリーベルタース南部の“アンセス”という小さな街で、とある死体から産まれた。あくまでも比喩表現などではなく、本当に死体から産まれたのだ。
 死体……別の言い方をすれば“ゾンビ”の母親と、純正の人間である父親とのハーフなのが、少年の大きな特徴であろう。少なくとも本人は嫌だとは思っていないらしい。

 本人曰く「生物学上は一応人間だから別に不満はないぞ。得をしている事の方が多いしな」 などという事だ。


 そんな、周りから見れば複雑な産まれの少年は、自身に希望を抱きながら生きていた。しかし希望などはお構いなしと言わんばかりに、産まれを嘆いた周囲の人々は手のひらを返したようにまくし立てたのだ。 「人間の不良品」 「ゾンビの子供」 と。
 そんな言葉にも少年は耐え抜いた。自分は人間だという確固たる自信が、自分にはあったからだ。

 しかしそれでも一つだけ、少年が許せなかった言葉があった。「父親は人間の面汚し」という、近くの家の青年が言い放った一言だった。
  
 瞬間、少年の体は動いていた。青年の体を押し倒しその上に馬乗りになると、近くにあった石を青年の頭部へ思いきり叩きつけたのだ。すぐに近くの大人達に止められたが、それでも少年は街の警官が来るまで暴れ続けたという。

 後に、襲われた青年はこう言っていた。「あいつに睨まれた瞬間、体の自由が効かなくなった。まるで、蛇に睨まれた蛙みたいに」 
 それから少年は、街の人々から“蛇目へびめ”と呼ばれるようになった。

 その後、両親は何者かによって殺されアンセスの街の中で少年は1人きりになった。誰がやったのかは定かではなかったが、少年には見当がついていた。街の大人たちが、傭兵や殺し屋を雇っているのだと。その日から、少年の所に傭兵を名乗る男が後を絶たずやって来るようになった。

 そんなある日の事、15歳にまで成長した少年の元に1人の男が現れた。
 その男は、自身の名を“グーロ・ヴィリヴァス”と名乗った。
「お前が蛇目か」そう問われた少年は、何も言わずただグーロと名乗った男を睨んだ。別に不思議な事は無い。今までにもこうして、何人もの屈強な男達が自分を殺しに来ている。グーロという男も、そいつらと同じように襲いかかってきて、結局は泣きながら帰る羽目になるのだから。
 相手の反応を伺いながら、少年は一歩前に出る。動いた瞬間、いや動く前に決着をつけるために間合いを詰めたのだ。しかしそんな少年の行為も、ただの徒労で終わった。
「……!?」
 グーロが何も言わず、ただ右手を差し出してきたのだ。そんなグーロの行動に、少年の思考が停止する。
 (コイツ、何がしたいんだ!?)
 そんな少年の心の声に返答をするかのように、グーロの口が開く。
「お前に、覚悟はあるのか」
「かく……ご?」
 言っている意味が理解できない。何に対しての覚悟が必要なのか、自分には分からない。守るべき者などいない。守ろうと思える人々もいない。そもそも自分の事でさえどうでもいいのだ。一体に何に、覚悟を示せばいいんだ。
「ふざけるな! 覚悟も何もねぇだろ! 俺は世界から嫌われて、味方なんて1人もいなくて、親も死んで天涯孤独てんがいこどくで……今更俺に! どんな覚悟が必要なんだよ!!」
 気付けば、少年はグーロに殴りかかっていた。何度も何度も、グーロの鍛えられた胸筋を拳で殴る。その拳をグーロは受け止めない。されるがままに殴られ続ける。やがて少年は疲れ果て、殴る手を休めた。
「なんなんだよ……オッサンは、何しに来たんだよ……ッ!?」
「お前を殺しに来た」
 やっぱりか。疲れる手を無理に動かし、渾身の力でグーロを殴る。しかし今度はそれを受け止められる。
「ただし」
 少年がグーロを見上げ、グーロは少年の瞳に視線を合わせる。そこで少年は、目の前にいる男が何を言おうとしているのかを察した。
「今の腐ったお前を……だが」
 この男は、自分を救おうとしているのだ。世間から卑しい目で見られ、心が荒んだ自分を。人間を敵としか見ないと決めた自分を。
「俺に来た依頼はお前を殺すこと。 だが、方法は決められていない……意味が分かるな?」
 そう言って、グーロは少年に再び向き直る。
「お前はこれからKRナイツロードに入り、自分と同じように、家族の残した因果によって虐げられる人々を救え。それが、お前自身の救いに繋がる」
「そんな事、俺にはやる資格がない」
「お前だからこそ資格があるんだ。同じような扱いを受けた、お前だからこその資格がな」
 そう言って、グーロはお世辞でも優しいとは言えないような顔で、少年を真っ直ぐに見つめる。
「お前、名前は?」
 名前なんて初めて聞かれると、少年は困惑した。名前なんてつけてもらった覚えがない、故に名前を聞かれる事もなかったからだ。

「名前が無いのか? ……なら、お前の名前はケイル、“ケイル・ペラントス”だ」
「ケイル……?」
 初めてつけてもらった名前。その響きを、ケイルは心の中で咀嚼する。何度も、何度も反復させる。
 その日が、少年がケイル・ペラントスとなった最初の日であった。

 ケイルがKRナイツロードという傭兵組織ようへいそしきに入団してから、4年がたった。ケイルは日々の功績が評価され、自身の小隊を持つまでとなった。まだまだ連携も拙い小隊だが、いつかはあの人の小隊のような素晴らしい小隊にしてみせる。
 (グーロさん、いつか絶対に追いつくからな)
 そう心の中で呟き、小隊のメンバーである男女3人を見る。
「……? どうかしたんですか、隊長。 笑ってますけど……」
「うるせぇ、馬鹿」
「バッ……馬鹿ッ!?」
 無駄口を叩く隊員に一言吐き捨て、改めて言う。
「さて、今回の任務だが、マーギアのエンプレスという国から直接のご氏名だ、心してかかれよ?」
「「「了解!!」」」
 青空に3人の声が響き、遠くで鳥が鳴く。
 そんな日常に、ケイルは何故か微笑んでいた。