聖人さんの部屋

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ナイツロード外伝 -蛇目の蛙- 第一章 依頼

「お、新しい依頼が来てるなぁ……どれどれ?」
 そう言ってケイルは、依頼受注所に張り出された最新の依頼の内容を確認する。

 最近は依頼も最盛期の頃よりは減り、団員の大部分が暇な生活を送っている。勿論それはケイル達小隊も例外ではない。
 依頼の内容をまじまじと見つめるケイルの側に、スッと男が依頼を眺めながら現れた。
「あぁ、その依頼はお前達の小隊をご指名だそうだ。 何でも、お前の小隊に知り合いがいるとか何とか言ってたな」

 KRナイツロードの訓練教官である男“ジョニー・ベルペッパー”は言う。この男には、ケイル自身も入団当初非常にお世話になったのだが、最近はあまり話をしていなかった。そもそも、技術部の“ロッテ・ブランケンハイム”以外と積極的に話をしている所を見た事は無いのだが。
「俺達に直接の依頼ですか……なら、何で依頼受注所になんて張り出したんですか?」
「さぁな、あらかたお前達以外にも把握しておいて欲しかったんじゃないのか? 内容、よーく見てみろよ」
言われた通り、ケイルは依頼文を最初から確認する。
 依頼の内容は至ってシンプル。敵国の刺客から自国の王女を守って欲しい、つまりは護衛の任務と言うわけだ。ジョニーが言う、把握しておいて欲しい内容とは即ち。
「敵国の刺客って事は、戦争が起こる可能性もある……という事ですね」
「まあ、多分そうだろう。この依頼の内容さえ知っていれば、戦争介入の依頼が頼みやすいからな。全く、やっこさんも考えるもんだなぁ……」
 しみじみと依頼書の内容に感心するジョニーを尻目に、ケイルは自身の小隊の隊員が待つ生活区へと歩き出す。

 KRナイツロード本部には、団員達が生活する為のスペースが設置されている。生活区の一部に小隊のスペースを確保してあるケイルは、そこでブリーフィングなどを行う。
 先程、ケイルからのメールを受け取った隊員達は当然のようにそこのスペースでケイルを待っていた。
 入団してから半年にして、KRナイツロード内での馬鹿グループの仲間入りを果たした男“ニック・ニコルソン”は、同僚の参謀係“アフュード・ダグラスク”に話しかける。
「隊長、遅いよなぁ……、一体どうしたんだ?」
「隊長が指定した時間に来ないのはいつも通りだろ」
 18歳である自分に対し、15歳であるニックが敬語を使わないのも、既にいつも通りで片付けられる程になった。皮肉だが、それだけの付き合いをしてきたとは言える。
「そうですわね、まあ隊長のサディストぶりは、こんな所でも発揮されるのだと分かっただけ良しとしましょう」
 ケイル小隊に置いて、唯一の遠距離攻撃持ちの人員である“アイーナ・ニヴルヘイム”が言う。
 彼女は、何処かの国の王女だったらしい。しかし、家の言いなりになって生きる事が嫌だと言い、半ば無理矢理、KRナイツロードに入団したという。
「そうだな、隊長はドSだもんな!」
 と、大きな声でニックが言った。それと同時に部屋の扉が開く。
 そこには、珍しく微笑むケイルが立っていた。しかしその目は笑ってはいなかった。蛇が獲物を飲み込むかの様に広げた掌でニックの頭を鷲掴みにして、ケイルは言う。
「誰がドSだってニック君?」

 上司に対する軽口を叩く部下をしばき、ケイルは早速と言って自分の椅子に座る。
 まずは自分が遅れた事を素直に謝罪し、集めた理由を話す。
「王女の護衛……ですか?」
 アフュードが疑問を投げかける。
「依頼の内容は、アフュードが言う通り王女の護衛だ。 何か、不明な点があるのか?」
「いえ、なんと言うか、珍しいな……と思いまして」
 珍しい……と言えばそうなのかも知れない。
 実際に自分達が受けてきた任務の中に、護衛任務は無かった。むしろ、暗殺や戦争への援軍などの任務の方が圧倒的に多い。まあそれでも、突入戦闘課という名前通りだが。
 そのような会話の中で、ふとアイーナが呟く。
「あのぉ……この依頼をしてきた国は、一体何と言う国なのですか?もしかしたら……」
「おっ、そうだな。確かに、お前には思い出のある国かもしれん」
 思い出した様に、依頼元の国名を紡ぐ。それは、かつてアイーナが女王になる筈だった国。
「アグニ……お前の故郷だ、アイーナ」

ナイツロード外伝 -蛇目の蛙-プロローグ

 少年はリーベルタース南部の“アンセス”という小さな街で、とある死体から産まれた。あくまでも比喩表現などではなく、本当に死体から産まれたのだ。
 死体……別の言い方をすれば“ゾンビ”の母親と、純正の人間である父親とのハーフなのが、少年の大きな特徴であろう。少なくとも本人は嫌だとは思っていないらしい。

 本人曰く「生物学上は一応人間だから別に不満はないぞ。得をしている事の方が多いしな」 などという事だ。


 そんな、周りから見れば複雑な産まれの少年は、自身に希望を抱きながら生きていた。しかし希望などはお構いなしと言わんばかりに、産まれを嘆いた周囲の人々は手のひらを返したようにまくし立てたのだ。 「人間の不良品」 「ゾンビの子供」 と。
 そんな言葉にも少年は耐え抜いた。自分は人間だという確固たる自信が、自分にはあったからだ。

 しかしそれでも一つだけ、少年が許せなかった言葉があった。「父親は人間の面汚し」という、近くの家の青年が言い放った一言だった。
  
 瞬間、少年の体は動いていた。青年の体を押し倒しその上に馬乗りになると、近くにあった石を青年の頭部へ思いきり叩きつけたのだ。すぐに近くの大人達に止められたが、それでも少年は街の警官が来るまで暴れ続けたという。

 後に、襲われた青年はこう言っていた。「あいつに睨まれた瞬間、体の自由が効かなくなった。まるで、蛇に睨まれた蛙みたいに」 
 それから少年は、街の人々から“蛇目へびめ”と呼ばれるようになった。

 その後、両親は何者かによって殺されアンセスの街の中で少年は1人きりになった。誰がやったのかは定かではなかったが、少年には見当がついていた。街の大人たちが、傭兵や殺し屋を雇っているのだと。その日から、少年の所に傭兵を名乗る男が後を絶たずやって来るようになった。

 そんなある日の事、15歳にまで成長した少年の元に1人の男が現れた。
 その男は、自身の名を“グーロ・ヴィリヴァス”と名乗った。
「お前が蛇目か」そう問われた少年は、何も言わずただグーロと名乗った男を睨んだ。別に不思議な事は無い。今までにもこうして、何人もの屈強な男達が自分を殺しに来ている。グーロという男も、そいつらと同じように襲いかかってきて、結局は泣きながら帰る羽目になるのだから。
 相手の反応を伺いながら、少年は一歩前に出る。動いた瞬間、いや動く前に決着をつけるために間合いを詰めたのだ。しかしそんな少年の行為も、ただの徒労で終わった。
「……!?」
 グーロが何も言わず、ただ右手を差し出してきたのだ。そんなグーロの行動に、少年の思考が停止する。
 (コイツ、何がしたいんだ!?)
 そんな少年の心の声に返答をするかのように、グーロの口が開く。
「お前に、覚悟はあるのか」
「かく……ご?」
 言っている意味が理解できない。何に対しての覚悟が必要なのか、自分には分からない。守るべき者などいない。守ろうと思える人々もいない。そもそも自分の事でさえどうでもいいのだ。一体に何に、覚悟を示せばいいんだ。
「ふざけるな! 覚悟も何もねぇだろ! 俺は世界から嫌われて、味方なんて1人もいなくて、親も死んで天涯孤独てんがいこどくで……今更俺に! どんな覚悟が必要なんだよ!!」
 気付けば、少年はグーロに殴りかかっていた。何度も何度も、グーロの鍛えられた胸筋を拳で殴る。その拳をグーロは受け止めない。されるがままに殴られ続ける。やがて少年は疲れ果て、殴る手を休めた。
「なんなんだよ……オッサンは、何しに来たんだよ……ッ!?」
「お前を殺しに来た」
 やっぱりか。疲れる手を無理に動かし、渾身の力でグーロを殴る。しかし今度はそれを受け止められる。
「ただし」
 少年がグーロを見上げ、グーロは少年の瞳に視線を合わせる。そこで少年は、目の前にいる男が何を言おうとしているのかを察した。
「今の腐ったお前を……だが」
 この男は、自分を救おうとしているのだ。世間から卑しい目で見られ、心が荒んだ自分を。人間を敵としか見ないと決めた自分を。
「俺に来た依頼はお前を殺すこと。 だが、方法は決められていない……意味が分かるな?」
 そう言って、グーロは少年に再び向き直る。
「お前はこれからKRナイツロードに入り、自分と同じように、家族の残した因果によって虐げられる人々を救え。それが、お前自身の救いに繋がる」
「そんな事、俺にはやる資格がない」
「お前だからこそ資格があるんだ。同じような扱いを受けた、お前だからこその資格がな」
 そう言って、グーロはお世辞でも優しいとは言えないような顔で、少年を真っ直ぐに見つめる。
「お前、名前は?」
 名前なんて初めて聞かれると、少年は困惑した。名前なんてつけてもらった覚えがない、故に名前を聞かれる事もなかったからだ。

「名前が無いのか? ……なら、お前の名前はケイル、“ケイル・ペラントス”だ」
「ケイル……?」
 初めてつけてもらった名前。その響きを、ケイルは心の中で咀嚼する。何度も、何度も反復させる。
 その日が、少年がケイル・ペラントスとなった最初の日であった。

 ケイルがKRナイツロードという傭兵組織ようへいそしきに入団してから、4年がたった。ケイルは日々の功績が評価され、自身の小隊を持つまでとなった。まだまだ連携も拙い小隊だが、いつかはあの人の小隊のような素晴らしい小隊にしてみせる。
 (グーロさん、いつか絶対に追いつくからな)
 そう心の中で呟き、小隊のメンバーである男女3人を見る。
「……? どうかしたんですか、隊長。 笑ってますけど……」
「うるせぇ、馬鹿」
「バッ……馬鹿ッ!?」
 無駄口を叩く隊員に一言吐き捨て、改めて言う。
「さて、今回の任務だが、マーギアのエンプレスという国から直接のご氏名だ、心してかかれよ?」
「「「了解!!」」」
 青空に3人の声が響き、遠くで鳥が鳴く。
 そんな日常に、ケイルは何故か微笑んでいた。